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南三陸町のモアイ像について

《モアイ速報》
2017年3月3日:モアイ像は旧さんさん商店街跡地の隣に展示中です!

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2013年、チリ共和国(イースター島本土)から南三陸町に贈呈されたモアイ像。

南三陸町とモアイ像の関わりを知っていただくために、まずはこちらの動画をご覧ください。

モアイムービー短縮版「未来へと繋ぐ贈り物(8分2秒)」

動画で贈呈の経緯や、チリ共和国と南三陸町の想い、両所のつながりについてわかりやすく解説をしております。

※動画は2012年に撮影されたものです
※動画中に来年5月という解説がありますが、これは2013年5月のことを指します


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フルバージョンモアイムービー

  • そもそもモアイ像とは?
  • 南三陸町とイースター島の絆とは?
  • 実は似ている南三陸町とイースター島?
  • なぜ門外不出の本物のモアイ像が贈呈されたのか?
  • モアイ像彫刻家の想いとは?
  • なぜモアイ像の目が入れられたのか?
  • 南三陸町長の想いとは?
  • 南三陸町民にとってモアイ像とは?
  • 南三陸モアイ化計画とは?

全ての答えはムービーで!

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イースター島から南三陸町に、世界で初めて贈呈されたモアイ像

2013年5月25日、遥遠くチリ共和国のイースター島より“復興”と“絆”の証として南三陸町に本物モアイ像が贈呈されました。

※南三陸町とチリは震災前から深い友好関係にありました(詳しくは次項)

このモアイ像はイースター島の石を削り出し、地元の職人が丁寧に作り上げたもので、精霊(マナ)を宿すために目がつけられております。

イースター島より本物のモアイ像が贈られるのは世界で初めての出来事であり、さらに目がついているものは世界で2体しかありません。

もともとモアイには「未来に生きる」という意味がありますが、贈呈以来、南三陸町をその力強い眼差しで見守っております。

南三陸町のモアイ像

南三陸町のモアイ像

現在、年中多くの観光客がモアイ像を訪れ、記念撮影を撮るなど町の主な観光・ご利益スポットとしても活躍中です。

南三陸町とモアイの関わり

南三陸町とチリ共和国(イースター島領国)は、約17,000キロメートルの距離を越え、震災前から長年友好関係を深めてきました。

友好のきっかけは、1960年5月24日未明に、遠い遠い海の向こうから押し寄せて来たチリ地震津波が始まりです。

旧志津川町内だけで、41名が犠牲となり、312戸の家屋が流失、倒壊653戸、半壊364戸、浸水566戸の壊滅的な被害を受けました。

そして、チリ地震津波から30年後の1990年。

当時の被害情報を知ったチリから、津波の記憶を未来に伝えようと国鳥コンドルの碑が贈られました。

1991年には、南三陸町がふるさと創生事業の一環としてチリ人彫刻家に依頼して創ったモアイ像が、志津川地区の松原公園に設置されました。

 

しかし、2011年の東日本大震災で、公園は大きな被害を受け、1991年に作られたモアイ像は流失してしまいます。

幸いにも震災からしばらくして、流出したモアイ像の頭部だけは発見され、志津川高校の敷地内に移設されることになりました。

 

モアイ像流出を知った日智経済委員会チリ国内委員会では、新たなモアイ像を南三陸町に贈ろうと、 イースター島の長老会に協力を求めます。

その際、93歳の老彫刻家マヌエル・トゥキ氏は、皆にこう呼びかけたと言います。

「海に破壊された日本の町に、人々が再びそこで生きていきたいと思えるようなマナ ( 霊力 ) を与えるモアイを贈れないのか?  私は息子とともに、日本の人たちが必要としているモアイを彫る!」

長老会は大きな拍手で包まれたそうです。

 

イースター島の石を使い彫られたモアイ像が、 島外に出たことはいまだ一度も例がありません。

しかし、かつてイースター島で倒れてバラバラになっていたモアイ像を、 日本人がもとの姿に建て直す支援をしたことがあったことから、 イースター島初、いや世界初のプロジェクトが始まりました。

こうしてモアイ彫刻家の子息ベネディクト・トゥキ氏は、石材を切り出して、 親戚の彫刻家たちとともにモアイ像の制作に取り掛かりました。

そして、完成したモアイ像が贈呈される時、南三陸町を訪れたトゥキ氏は、 最後に設置されたモアイに白珊瑚と黒曜石で作られた眼を入れました。

※眼が入ったモアイは、世界に2体しかありません

贈呈と一言で言っておりますが、実際に彫刻から贈呈に至るまで世界中で物議を醸しだし、沢山の問題をクリアして贈られた貴重なモアイ像です。

モアイ彫刻家のベネディクト・トゥキさんが、モアイに目が入れる瞬間

モアイ彫刻家のベネディクト・トゥキさんが、モアイに目が入れる瞬間

モアイに見守られて

チリも南三陸町も、豊かな海から糧を得、その恩恵に人々は畏怖と感謝を込め生活してきました。

そして、長い歴史の中で、いとも簡単に人間の命や暮らしを奪う海の恐ろしさを熟知しています。

 

地震を感じなくても、津波は地球の反対側から襲ってくることがあります。

双方の地は長い時間の中で大自然の災禍を体験し、人間がどう自然と共生すべきかを学んできました。

そして、どんな困難にぶつかったとしても、勇気を持って立ち向かう心意気を勝ちとってきたのです。

 

「モアイ」は、イースター島のラパヌイ語で「未来に生きる」という意味です。

門外不出の大切なものを贈ってくれたチリ共和国とイースター島の人たち、そして高さ3メートル重さ2トンの巨大な像を、はるかな島から運び設置するために力を尽くしてくれた多くの人たちの気持ちが、 このモアイには込められているのです。

両国の絆を結ぶモアイ像は、これから遠い未来まで、未来に生きる南三陸町の人々を勇気づけ、見守り続けてくれることでしょう。

2013年5月25日(日)モアイ式典

2013年5月25日(日)モアイ式典

コメント & トラックバック

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  1. Soy Chileno y desde que llego el moai a minamisanriku ,sigo el proceso de reconstrucción de la ciudad, espero algún día tener una tienda de productos chilenos en minamisanriku para poder continuar y profundizar los lazos que une al pueblo japones y Chileno. Saludos y felicitaciones por el vídeo que resume el proyecto moai. ( disculpen si no escribo en japones)

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(最終更新:2017年3月11日)
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