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南三陸町とモアイ像の関わり【漫画と動画で解説】

南三陸町にイースター島から贈呈された「本物のモアイ像」があるのはご存知ですか?

南三陸町のマナ・モアイ像

イースター島からモアイ像が贈られるのは世界で初めてのことで、その背景には南三陸町とイースター島を結ぶ感動の物語が隠されております。

当サイトでは、南三陸町のモアイ像のことを少しでも多くの方に知って頂こうと、日々情報を発信し続けております。

このページでは南三陸町とモアイ像の関わりについて解説いたします。
お子様でも楽しく学べるように、モアイ像の関わりを漫画と動画もご用意しました。

ご興味ある方はぜひこのまま読み進めていただき、南三陸町のモアイ像について少しでも知っていただけると幸いです。

 

【漫画】南三陸町のモアイ像をモアーチョが解説

※イラスト&漫画制作:ヤマダタカエ様(Instagram)

漫画:南三陸町とモアイ像の関わり ページ1

漫画:南三陸町とモアイ像の関わり ページ2

 

【動画】南三陸町とモアイ像の絆

※本動画はモアイ像が贈呈される前年(2012年)に撮影されたものです

約1時間の長編ドキュメンタリー映像もご用意しております▼

 

イースター島からモアイ像が贈呈されるまでのストーリー

2013年5月25日、遥遠くチリ共和国のイースター島より“復興”と“絆”の証として南三陸町に本物モアイ像が贈呈されました。
※南三陸町とチリは震災前から深い友好関係にありました(詳しくは次項)

このモアイ像はイースター島の石を削り出し地元の職人が丁寧に作り上げたもので、精霊(マナ)を宿すようにと目がつけられております。

イースター島から本物のモアイ像が贈られるのは世界初の出来事、さらに目がついているモアイ像は世界で2体しかありません。

モアイ像アップ

もともとモアイには「未来に生きる」という意味がありますが、贈呈以来、南三陸町をその力強い眼差しで見守っております。

現在、年中多くの観光客がモアイ像を訪れ、記念撮影を撮るなど町の主な観光・ご利益スポットとしても活躍中です。

チリ地震津波をきっかけに結ばれた友好関係

南三陸町とチリ共和国(イースター島領国)は、約17,000キロメートルの距離を越え、震災前から長年友好関係を深めてきました。

友好のきっかけは、1960年5月24日未明に、遠い遠い海の向こうから押し寄せて来たチリ地震津波が始まりです。

旧志津川町内だけで、41名が犠牲となり、312戸の家屋が流失、倒壊653戸、半壊364戸、浸水566戸の壊滅的な被害を受けました。

そしてチリ地震津波から30年後の1990年、当時の被害情報を知ったチリから津波の記憶を未来に伝えようと国鳥コンドルの碑が贈られました。

1991年には、南三陸町がふるさと創生事業の一環としてチリ人彫刻家に依頼して創ったモアイ像が、志津川地区の松原公園に設置されます。

東日本大震災で流出したモアイ像

しかし2011年の東日本大震災で町は大きな被害を受け、1991年に作られたモアイ像は流失してしまいます。

幸いにも震災からしばらくして、流出したモアイ像の頭部だけは発見され、志津川高校の敷地内に移設されることになりました。

モアイ像流出を知った日智経済委員会チリ国内委員会では、新たなモアイ像を南三陸町に贈ろうと イースター島の長老会に協力を求めます。

モアイ彫刻家の熱い想い

モアイ像贈呈のプロジェクトが始まる際、93歳の老彫刻家マヌエル・トゥキ氏は、皆にこう呼びかけたと言います。

「海に破壊された日本の町に、人々が再びそこで生きていきたいと思えるようなマナ ( 霊力 ) を与えるモアイを贈れないのか?  私は息子とともに、日本の人たちが必要としているモアイを彫る!」

熱いメッセージに長老会は大きな拍手で包まれたそうです。

モアイ像が海を越えて日本に上陸

イースター島の石を使い彫られたモアイ像が島外に出たことは、いまだかつて一度も例がありません。
モアイ像贈呈のニュースは世界中で物議を醸しだし、実際の贈呈に至るまでには沢山の問題をクリアする必要がありました。

しかし、かつてイースター島で倒れてバラバラになっていたモアイ像を 日本人がもとの姿に建て直す支援をしたことがあったことから、 イースター島初・世界初のプロジェクトが始まります。

モアイ像を彫刻したのは彫刻家の一族「ベネディクト・トゥキ氏」によるものです。
トゥキ氏は石材を切り出して、 親戚の彫刻家たちとともにモアイ像の制作に取りかかりました。

そうして完成したモアイ像が海を越えて日本にやってきました。
南三陸町にモアイ像が設置される際、南三陸町を訪れたトゥキ氏は「マナ(霊力)」が宿るようにと、モアイ像に白珊瑚と黒曜石で作られた眼を入れました。

モアイ彫刻家のベネディクト・トゥキさんが、モアイに目が入れる瞬間

モアイ像が見守る未来とは?

もともと「モアイ」には、イースター島のラパヌイ語で「未来に生きる」という意味があります。

門外不出の大切なものを贈ってくれたチリ共和国とイースター島の人たち、そして高さ3メートル重さ2トンの巨大な像を、はるかな島から運び設置するために力を尽くしてくれた多くの人たちの気持ちがモアイ像に込められおります。

両国の絆を結ぶモアイ像は、これから遠い未来まで、未来に生きる南三陸町の人々を勇気づけ、見守り続けてくれることでしょう。

2013年5月25日(日)モアイ式典
2013年5月25日(日)モアイ式典

豊かな海へ畏怖と感謝を込めて

チリも南三陸町も長い歴史の中で、いとも簡単に人間の命や暮らしを奪う海の恐ろしさを熟知しており、豊かな海から糧を得ながらもその恩恵に人々は畏怖と感謝を込め生活してきました。

地震を感じなくても、津波は地球の反対側から襲ってくることがあります。
双方の地は長い時間の中で大自然の災禍を体験し、人間がどう自然と共生すべきかを学んできました。

そして、どんな災難にぶつかったとしても、勇気を持って立ち向かっていく生き方を、長い年月の中から身に付けてきたのです。

 

南三陸町にモアイ像を見に行こう!

いかがでしたでしょうか?
この記事をととして南三陸町のモアイ像についてご理解を深めていただけたのなら何よりです。

「南三陸町のモアイ像をもっと知りたい!見たい!」という方は、ぜひ現地にお越しください。
モアイ像は現在「南三陸さんさん商店街内」に展示され、その熱いまなざしで南三陸町を見守っております。

南三陸町のモアイ像までのアクセス

南三陸町でモアイ像と一緒にお待ちしております!!